倫子さまが苦手だ。演じる黒木華さんは好きなのだけど。
「どうして苦手なのかなあ」と思いつつ『光る君へ』を見ていると、だんだん理由がわかってきた。
ほかの登場人物と比べながらひとつひとつ書いてみたい。
両親に甘やかされて入内しなくても許される
対するは藤原定子。
定子は生まれた時から帝の後宮に入る、つまり入内することが決まっていた。両親も入内を前提とした教育を施して、まだ若い定子も当たり前のようにそれを受け入れる。
彼女に婚姻の自由はなく、嫁いだ帝とラブラブになれたから良いものの(現在、兄弟のせいで大変なことになっているが)次の天皇となる皇子を産むことが彼女には義務付けられている。
まだ若い帝に愛されているとはいえ、すぐに皇子を授かれるはずもないのに、死を目前にして焦った父と関白になれなかった兄に「皇子を産め」と繰り返し言われ、傷つけられる。
一方、源倫子。
在位期間は短かったが、年齢の釣り合う花山天皇のところに入内しないかと言われた時、入内しても愛されない可能性があることを理由に断っている。
通常、大臣の姫が父の申し出をことわり、入内を拒否するなんてあってはならないことだったのではないだろうか。
その後の時代も、本人の希望しない政略結婚を数々の高貴な女性が強いられているのに、倫子は拒否できたのだ。
父母が倫子を溺愛しているからである。次章で述べるが愛する男の嫡妻になれたのも父の身分が高い、それだけの理由だった。
倫子さん、勝利。
ただ夫に運命の相手だとは思われていない。
結婚相手、選びたい放題
対するはまひろ。
まひろは身分の低い家に生まれ、そのせいで相思相愛の藤原道長の嫡妻になれなかったとされているが、ちょっと待て。道長の兄、道隆の嫡妻も身分が低いのですが。
身分が低すぎて、子供たち(伊周、定子、定子)は「あのような身分の低い母がいてかわいそう……」と書き残され、千年後の今まで伝わっている。
まひろは嫡妻になれたのだ。身分の高い倫子、そして妾妻とは言えどこれまた身分の高い愛子がいなければ。
しかも道長のプロポーズを拒否したあと、「妾でもいい!」と思いながらも道長の嫡妻は倫子にと決まった後、妾にならない道を選び、それから十年も苦悩する。
そして結局のところ、偶然会った藤原道綱母の「嫡妻になりなさい」という助言をガン無視して、父と同世代の藤原宣孝の四人目の妻となる。もちろん妾妻である。
ただ宣孝と会話をするまひろはいつも楽しそうで、宣孝も大人の包容力がある。
相性は良さそうだ。
道長のように恋焦がれている夫の妾妻になるより、そのほうがまひろも幸せなのかもしれない。ちなみにドラマでは史実なのに、宣孝のプロポーズのあと「ズンチャカ♪ズンチャ♪」という愉快なBGMがなぜか流れる。
ところが結婚して短期間で宣孝は……。
やっぱり妾妻でも長生きした道長の妾妻になったほうが、まひろの家の家計は助かったかもしれない。
一方、源倫子。
そもそも現代でも相思相愛のまま離婚することもなく、好きな相手と結ばれるのは難しい。しかし倫子は身分と周囲の目論見によって藤原道長への初恋を叶え、自分に甘々な母も、その結婚を賛成している。相思相愛ではないと気づかずに。
隣で毎日のように会話をして、子どもたちとのあたたかい時間を持ち、邸内から出なくても誰かが何かをしてくれるほどのお金持ちだ。
道長も道長で、「まひろを愛する」なんて言いながら嫡妻との子を何人も持つ。高貴な男性ゆえ仕方のないことだが、ガイドブックで「倫子とは同志のような愛がある」と書かれ、政略結婚なのに、それなりに大切にされている。
倫子は自分と明子以外にも道長に女がいることを勘づきつつ、嫡妻の余裕を見せて夫に資金援助までしている。
この資金援助。まひろの望む世を作るために倫子と結婚すると、まひろとの別れの際に言っていたが、「このことかあ!」と膝をうった。
倫子はどんなに尽くしても、自分は道長の本命ではないと気づくのだろうか。
もちろん私は嫡妻(正妻)よ
対するは源明子。
実家にいながら婿をとれる平安時代がうらやましい。
とはいえ左大臣だった父と母はもうこの世におらず、有能なのになぜか自分の家ではボケポジションの兄だけが家族だ。おそらくこの兄にも嫡妻はいて、本当の家はそこにあるのだろう。
失脚したとはいえ元は左大臣の娘、入内する道もあったはずだが、彼女も運命のいたずらで道長の妻になる。しかも嫡妻ではなく妾妻だ。
もし倫子が道長と出会う前に結婚していたなら、おそらく明子が道長の嫡妻で、いつも「おかえりなさいませ」と言えるポジションだっただろう。
明子がそれを悔しがるシーンは今まで出てこないが(殿がなかなか来ないとぼやくシーンはあったが)、妾妻であっても嫡妻より愛されれば勝ちだと思っているふしがある。
あなたのいちばんになると道長を押し倒す場面は、なかなか勇ましかった。
ちなみにガイドブックでは道長にとって明子は癒しだと書かれている。
倫子は同志、明子は癒し。
でも心にあるのはまひろ。
おい、道長、いいかげんにしろ。
時が現代なら一夫一妻制だぞ。そうなればまひろとおしどり夫婦になれたのもたしかだが……。
一方、源倫子。
「おかえりなさいませ」
この一言で彼女は大勝利である。どんなに明子との間に子を授かっても、夫の家はこの広大な土御門邸しかないとわかっている。
妾妻である明子の子より自分の子が道長の嫡男となり、先に出世していくのもたしかだし、道長は自分と別れられないと自覚している。
倫子はいつも微笑み、嫡妻としての貫禄もじゅうぶん、家のことを取り仕切る女主人としても活躍する。
ただ自分の娘たちがどんどん入内させられることはいやがっているようで、今後、それは道長への感情の変化につながるのだろうか。後の帝をふたりも産んだ長女の彰子との関係性も気になるところだ。
とりあえず今は、まひろと道長の深いつながりを知らず、幸せそうな倫子である。
黒木華さんの演技、すごい
最後に称えたいのはこのことだ。
倫子を演じるのが黒木さんだからこそ、倫子は何もかもを手に入れた女のように見えるのに、視聴者から愛されている。
彼女ならではの微笑みは、いつまでも崩れないのだろうか。
それとも……。